今回,同志社Aが「affirmative interpretaion is one of reasonable」と言いましたがまさにその通り。
関西ではclear cutがなぜか流行っていました。
これはNEGがAFFはなんらかの理由によりunclearと言ってきますが、それはあくまでNEGの作った基準であります。
そのため、AFFは standard attack 「no criteria of clear」と言った後に、AFFも ある程度 clearであるので one of reasonableと言えればそれでTは立ちません。
例えば「some」 が「unclear」 でも 「all」との「clearness」はあります。「Japanese government」がunclearでも「US government」との「clearness」はあります。これはみくが似たような話をしていました。